平昌冬季オリンピック

平昌冬季オリンピック雑感!

こうして振り返ると不思議な平昌冬季オリンピックでした。とても楽しみましたし、とても考えさせられました。私なりに平昌オリンピックを振り返っておこうと思います。

最悪の期待値

結論としては、最高に素晴らしいオリンピックだと思います。しかし準備段階から最悪としか思えない報道が流れていました。

「ちゃんと開催できるのだろうか?」

そんな話が聞こえてくるくらいの最悪と目されたオリンピック、悲劇的すぎました。

更に韓半島は北朝鮮の核ミサイル開発で一触即発状態!危険なので参加しない国もあるような報道もあるほど。そして今年に入って電撃的な北朝鮮のオリンピック参加表明。女子アイスホッケー南北統一チーム結成で、ますますシラケムードが高まります。
それに加えて今冬の連続する寒波襲来で連日のマイナス15度。

私はそれでも一生に一度見れるかどうかのオリンピックなので周りに韓国人に聞いてみました。

「あなたはオリンピック、観に行くの?こんな機会、2度と来ないかもしれないよ」

しかしその答えは、

「行ったら寒くて死んじゃう。せいぜいテレビで見るよ」

もう敢えて言わない限り話題にもならないほどのシラケムードでした。
北朝鮮の美女応援団くらいが、せいぜい関心を引くニュースネタ程度だったわけです。もちろん中継放送をするテレビ局は真面目に盛り上げようと取り組んでいたわけですが。

オリンピックの主役は政治ではない、選手だった!

ところが蓋を開けてみると競技自体が素晴らしかった。これは特に日本と韓国で選手が頑張ったんじゃないでしょうか?選手が素晴らしかった。

韓国では男子スケルトンで韓国初のソリ競技でのメダル、しかも金メダル。国民の熱狂はここから始まりました。
スピードスケート女子500メートルの対決では、当初から李相花が小平選手との一騎打ちだ、みたいな報道はされていました。ディフェンディングチャンピオンの李相花選手のプレッシャーは大きかったはずです。その期待に応えることができずに負けて金メダルを逃したのですが、その瞬間韓国の国民は目の当たりにしたドラマに感動を覚えました。ライバルであり国の威信をかけた二人のスポーツマンとしての姿に、スポーツがナショナリズムの高揚のためにあるかのごとく語らえていた韓国でしたが、誰もが本心の叫びがなんであるかをこの二人を通して気づかされる瞬間でした。

あまり注目されることのなかったカーリングが国民的注目を浴びたのは日本同様、韓国も同じでした。韓国では日本のチームの笑顔とスポーツマンとしての清々しさ、潔さに特に男性たちは心を奪われたようです。屈託のない笑顔の女性、なかなか韓国では見ることができませんから。藤沢五月選手が注目を集める中、無表情で冷たい印象の韓国の選手が強豪に打ち勝って行く姿にいつしか魅了され「メガネ先輩」や「ヨンミ!」が「そだねー」並みに流行語となりました。

残念だったのは女子チームパシュートの置き去り事件。最悪のチームワークに不遜のインタビューで国民的バッシングに発展したキムボルム選手。彼女に姿勢にも行き過ぎたバッシングに走る国民の姿勢にも熟してない民主社会の現住所が浮き彫りになりました。

日本の女子チームパシュートは大本命ながらきっちりと金メダル獲得はアッパレ!個人戦で本命ながら金を取れなかった天才高木美帆が腐ることなく、見事なメンタルでパシュートに焦点を合わせてきたのは、さすがという他ない。

同じように大プレッシャーの中、周囲の期待に応えて金を獲った羽生結弦選手のメンタルも天性の才を見せつけたと言っていいと思います。

最後に男女マススタートでは女子は日本の高木菜那が男子は韓国のイスンフン選手が、それぞれ金メダルを獲得して、最後の最後まで盛り上がったオリンピックだったことは間違いありません。お姉ちゃん、よく頑張った!

やはりオリンピックは平和の祭典だった

盛り上がった頃には人々は美女応援団が来ていたことなんてすっかり忘れていました。政治ショーをいくら演出したところで、選手たちの命を燃やした活躍には及ばなかったってことです。

特に小平奈緒選手と李相花選手の友情には両国民が感動したのではないでしょうか?現時点での実力やコンディションでは小平奈緒選手に分があったのですが、この二人を見たときに李相花選手は厳しいなと私は思わざる得ません。それは小平選手は日の丸を背負い日本代表チームの旗手まで務めたわけですが、彼女はどこまでも自分自身の内面を見つめることに集中できていたように思います。反面李相花選手は韓国国家代表選手としての宿命なのですが、国民の期待に応えることで、国から承認されなければというプレッシャーを感じていたことだと思います。

それは先に述べたようにスポーツは国民統合の道具の側面を持ち、相手が日本であればなおさらですから、逆に負けた時に感じる視線は選手たちにとって辛いものがあるのです。李相花選手のプレッシャーそして決勝で負けた現実は、個人の敗北以上にこのような意味での苦しさも感じたに違いありません。

ところが観客が見た奇跡は、負けた李相花選手を誰よりも先に受け入れ認めたのが小平選手だった。もちろん勝者の余裕だとうがった見方もできるかもしれません。そんな批判も小平選手が李相花選手の耳元で囁いたのが「チャレッソ!」(よくやったよ)という韓国語であったことを韓国人が知るに至っては、全ては涙腺崩壊級の感動ストーリーに変わっていました。

スポーツにはナショナリズムよりも大切なものがあるのを思い出させてくれた二人だったということ、私にとって、オリンピックはまさに平和の祭典だと、この時ほど腑に落ちたことがありません。

オリンピックの向こうに見えるもの

私は常に民族や国民というものについて考えてしまっています。日韓の間に暮らせば仕方のないことです。今日ほど日本韓国両国ともに右派左派で国論が二分している時はないように思えます。インターネットの影響も少なくはないでしょう。
韓国の右派は反共親米で左派は多分に反米で民族主義的です。日本で右派は国家の重要性を強調し、左派は国家の強調を警戒します。国によって別れかたは違うのですが、いずれも民族や国家観の違いに対話が行き詰まっています。

私の国家観は、国家は家族のように何よりもかけがえのない大切なものという考え方。現実の社会で対峙している国家民族ですが、大切なのは自分の国家を大切の思うほどに小平選手や李相花選手のように相手を尊敬し、認めるという精神が何よりも大切だということ。そこには人としてスポーツ選手のごとく精神を高める努力なくしてはなし得ないが、努力目標としては価値あることだと思っています。(もちろん、現実の安全保障の強化も重要です)

そして改めて二人から教えられました。「そだねー」「ヨンミー!」の流行語も素敵なのですが、できたら「チャレッソ!」「リスペクトしてるよ!」も流行語になってほしいと密かに思っています。

 

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